「おーい。リナー?」
カチャ。パタン。カチャ。パタン。と、音が近付いてくる。
「おー。ここにいたのか」
にぱっと笑いながら近付いてくるのは、このお屋敷のお坊ちゃまだ。
「何度も申しますが、私はガウリイお坊ちゃまのお相手をしている暇は無いんです」
仕事の邪魔になるのだと、それとなく何度も何度も言っているのに理解しないクラゲ頭のこの男。
「ああ!それなら大丈夫だぞ?今日からリナをオレの専属メイドにしてもらったからな!」
「・・・は?」
なにやら理解したくない内容が右耳から左耳へと抜けていった気がする。
そこへ、タイミングを計ったようにノックの音が聞こえた。
入ってきたのは、いつも口煩いメイド長だった。
彼女はたった今理解できない事を言った金髪の男に一礼すると、キツイ視線をあたしに向ける。
「インバースさん。あなたは本日からガウリイ様の専属となりました。誠心誠意、ご奉仕するように。」
まあ、そんな感じで専属にはなってみたものの。
メイドと言うよりは遊び相手じゃなかろうか。これは。
「リナ、オレのことはガウリイでいいぞ?」
とか
「リナ、お茶でも飲まないか?」
とか
「リナ、今日は祭があるらしいぞ?」
とか
「リナ、あっちに美味そうなのがあったぞ!?」
とか
まあ、常時そんな感じなのだ。
雨の日だって代わり映えはしない。
カードゲームやボードゲーム、かくれんぼやお屋敷内の探検などもした。
まあ、探検中にメイド長に見つかって叱られたりもしたけど。
かくれんぼなぞ、久し振り過ぎて本気かどうか悩んだほどだ。
ガウリイが手持ちの剣や防具を磨いてる間、ガウリイの部屋にある本を読むこともある。
一度も開いてないような・・・いや、確実に開いてないんだろうけど、政治経済から戦略、兵法の本、何故か女性向けの小説などまであった。
目下、この壁一面の本棚を読破するのがあたしの目標となってる。
と、気がつくといつの間にか手入れを終えたガウリイが傍まで来てあたしの読んでる本を覗き込んできた。
「リナ、難しいの読んでるんだなぁ」
「あったりまえでしょ?ガウリイとはここが違うんだから!」
自分の頭を指しながら胸を張ると、しばし考え込んだガウリイが、にやりと笑った。
はじめて見るその表情に戸惑いつつも見上げていると、何やら本を探し始めた。
「お。あったあった。これだ」
「なによ?あんたでも読める本があったの?」
手に持っていたのは厚い本。
ガウリイなら開いてすぐにでも寝てしまいそうなのに。
「リナ。これ、いつか一緒に全部やってみような」
無駄に爽やかな笑顔で本をあたしに渡すと、鼻歌でも歌いそうな足取りでテーブルの方へと戻っていった。
何だったんだろう。
一緒にってことは、武術や剣術なんかかな。
渡された本を見ると、金縁の黒表紙に金色の文字でタイトルが書かれていた。
「・・・カーマ・スートラ?」
はじめて見るタイトルだが、有名なのだろうか。
あたしは興味を引かれ、ワクワクしながら早速表紙を開いた―――
[5回]
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